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webデザイナーちぃさんの産休・育休レポート【出産編】


                webデザイナーちぃさんの産休・育休レポート【出産編】

お久しぶりです。約1年ぶりにブログに登場!webデザイナーのちぃさんです。このたび、産休・育休を経て復職いたしました。

そうなるまでの働き方を振り返れば、定時とかプライベートとかあまり分け隔てることなく趣味に近い感覚で仕事を捉えていた私。時間外や休日でも職場に来てはパソコンにかじりついていました。

「こんな生き方が、日々の過ごし方が私には似合っている。」そう思っていました。
「あぁ・・・いっぱい働いたなぁ・・・・・・」そう思いながら最後は屋久島の海で珊瑚になりたい。

なんて本気でそう思っていた私が子どもを産んで産後になりました。

「どんな感じなんだろう。子どものいる人生。母になる自分。」未来はわからない。
そうは言っても、昨日と今日がシャッフルされてもどっちが昨日でどっちが今日だったかもわからなくなるような毎日だったこれまで。とは一変する子どもの誕生という来るべき未来。

当社は、代表や役員をはじめ小さいお子さんのいる割合は少なくないのですが、産休・育休を取る社員は私がはじめて。
子育ての大変さを知っている代表・和田からは「育休に入ったら"復職"についてはそんなに考えなくていいから。子どもをとにかく最優先にね。」そう言われました。「"復職"してほしいほどの人材じゃなかったのかも・・・」と、優しい言葉をかけてくれたのにマタニティブルーだった私はネガティブに捉えてしまいました。

ディレクター・かねやんからは「ちいさんて"復職"について考えなくていいらしいですね。じゃあ一度退職ということですか?」そう言われました。優しい言葉を欠いていてフツーにネガティブに捉えました。

役員・白石からは「子どもが産まれたら仕事仕事っていう今の考えはきっと変わるよ。」そう言われました。
「そう・・・なのかなぁ・・・・・・」この白石の言葉がずっと頭の片隅に残ったまま私は産休に入りました。

そんな私の産休・育休レポート

内容はすこぶるプライベートなものなので、いつもの当社ブログとは毛色が異なることご容赦ください。
また本レポートは【出産編】と【育休編】とでご紹介する予定をしておりまして、今回は【出産編】です。

はじまりは、とある日曜日の夕方

赤ちゃんを迎えるにあたって、実家の床を雑巾がけしていたところ這いつくばっていたためか突然破水しました。
「予定日より一週間早いし、まだ全部終わっていないのにどうしよう・・・」
とりあえずキリのいいところまでして病院に電話し直行しました。
病院で検査を受けた結果、陣痛が始まっているとのことで即日入院となりました。

ついに、その時は訪れてしまいました。

陣痛室で過ごすはじめての夜

あらかじめインストールしておいた陣痛計測アプリで陣痛を測ってみたり、「ヒーヒーフー」の呼吸法を心がけてみたり、正しいのかどうかもわからないままぎこちなく出産は始まりました。
ベッド脇のモニターからは「ピッ、ピッ」という規則的な音とともに陣痛が数値化されて映し出されています。もうひとつ「ドッ、ドッ、ドッ」という音もあって、こちらは胎児の心拍音。
モニター越しでも聞くことのできる力強いこの鼓動が私を鼓舞して「いよいよなんだ。さよなら今日までの私。明日の私とは何度シャッフルしても似ても似つかない私なんだ。」と強く感じながら安産守りを入れたクマのぬいぐるみを握りしめた夜でした。

陣痛から7時間経過した朝

午前中に家族がお見舞いに来てくれました。
引き続き、陣痛と戦う私。痛みが増すにつれ次第に吐き気をもよおすようになり、これが陣痛とのダブルパンチで相当つらかったです。
とにかく食事が喉を通らない。飲み物も通らない。それでも吐き気はおとずれる。胃に何もないのにゲーゲーと。ムリゲーという言葉はむしろこれのことです。
陣痛の痛みから座位をとっていましたが、破水しているため羊水が出ないよう横になっていてと言われ、苦しいのにさらに苦しい体勢。
午後、医師に「ちぃさんは身体が小さいから赤ちゃんが骨盤を通れないかもしれない。今からレントゲンを撮りに行きましょう。」と。
「え、そんなそもそも論。。それは妊婦健診の時点で撮っていてほしかった。。」と思いながら、車いすでレントゲン室へ移動。
痛いし、破水してるし、こんな状況下で撮る写真は逆に思い出にほしいと思いました。結果は「ギリ通れる」とのことでした。

陣痛から22時間経過した夜

母と妹が付き添いで夜を過ごすことになりました。
「おそらく今夜でしょう。」と医師。陣痛は5分おきに。いよいよ無言では耐えられなくなってきて「うぅー。」「痛いー。」と漏れ出る声。
「がんばれ、がんばれ」と背中をさすりながら声をかけてくれる母。私は私でお腹をさすりながら、子どもに「がんばれ、がんばれ」と声をかける。

そんな命のリレーを体現しながら、サイドスリーの女子スタッフもみんなLineで励ましてくれました。

陣痛から31時間経過した朝

早朝6時、医師による内診。
陣痛から31時間経過。飲まず食わず眠らず。認識できるのは痛みと吐き気。
そこで伝えられたのは「胎児が回旋異常で促進剤を打っても降りてこられない。がんばったけど帝王切開にしましょう。」という診断。
「こんなにがんばったのに、、ひどい、、」と泣きながら全然なにも悪くない医師を責める私。
理由はなんでもいいからここいらでいったん泣きたい。さらには苦し紛れに他人に八つ当たりしたい。そういうタイミングだったんだと思います。

手術と決まれば、陣痛を抑える薬が即座に打たれます。
あんなに苦しんだはずなのに遠のいていく痛みが、もうろうとする意識の中で寂しいと感じたことを覚えています。

手術

定刻、ストレッチャーに乗せられて陣痛室から手術室へ移動。
手術室には10余名のスタッフがいました。私が到着するとみんなで取り囲んで心電図をとったり、血圧を測ったり、酸素マスクをつけたり、車を作るマシンのようにあの手この手がスイスイといざ手術へといざなっていきます。
「お腹を切開する」なんていう人生でそう何度も訪れる機会もない出来事を、丸二日しっちゃかめっちゃかした後の人間に経験させたらこうなることはもう許してほしいと思うのですが、とにかく疲労と睡魔と恐怖で精神が崩壊しそうでした。

そんな中、背筋にチューブを入れて麻酔を投与するため、私の上体を横向きにしようと無数の手がまた伸びてきます。
ゴロン。横向きになる私の身体。チューブを入れるのに痛みが生じるため、背骨付近にも注射で麻酔を打たれます。
チューブが入り麻酔を投与。これが完了すれば、もうあとは切開あるのみです。

いよいよ恐怖に支配された私は『もののけ姫』のたたり神になってしまったイノシシ「おっことぬしさま」のような取り乱した心境に陥り、隠し通すことは無理と判断。身体をガタガタ震わせながら、歯をガチガチ言わせながら「いたいいたい。せなかいたい。ちゅーぶいたい。ますいきいてない。というかどうにょうもいたい。かはんしんかんかくまだある。これでおなかきったらぜったいにいたい。」などわーわーと騒いでしまいました。

もう少しの辛抱なのに。怖くて悲しくて悔しくて泣きながらまたゲーゲー吐きました。

しかし、その次の瞬間でした。

ひとりのスタッフがすかさずグッと私の手を握ったかと思うと、耳元で「私も帝王切開だったよ。」と声をかけてきたのです。
「へ?」と思って、ゆっくりその人の方を向くと彼女は続けてやさしい表情で「名前は?子どもの名前はもう決めた?」と話しかけてくれました。
「候補はあるけど、最後は顔見てから。」とまだブルブル震えながら答えると「もうすぐ顔見られるからね。大丈夫だからね。」と力強く元気づけてくれました。
「そうだった。私も子どもに声かけしてあげな。子どもはもっと怖がってる。」そう思いなおし、再び「がんばれ。がんばれ。」とお腹の子どもを励まし続けました。

結局そのスタッフは、きっと何か役割があったはずなのに片時も私のそばを離れることなく手を握り続け、終わるまでずっとやさしく話しかけてくれました。

13時36分

「オギャ!ギャ!ギャ!ギャ!」という元気な産声とともにわが子が誕生しました。
助産師さんがすぐに私の身体の上に乗せてくれました。が、私の第一声は「すいません。眼鏡をつけてもらっていいですか?」でした。
見えなかったのです。視力0.1もないから。眼鏡をかけて、「わからない」と思っていたわが子という未来をこの目でしっかと見ました。
「こんにちは赤ちゃん」
それは、私にとって新しい世界のはじまりでした。

まとめ

いかがでしたでしょうか。まったくweb制作要素のない内容でしたね。。
ここで無理やり要素を入れ込むとするならはじめてプログラミングを学ぶとき、最初に打つ文字列は「Hello world」だそうです。
そこにはプログラミングの世界へようこそ、という意味が込められているんだそうです。
「こんにちは赤ちゃん」もきっとこのようなニュアンスから抱いた感情だったのかなと私は思います。

長くなりましたが以上が「出産編」レポートでした。
次回は「育休編」をレポートしたいと思いますので、どうぞお楽しみに!

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